はじめに
今回は『スーパードンキーコング2 Warpless』の世界記録について紹介します。
世界記録:49分52秒
プレイヤー:とんこつ(筆者)
記録動画:https://youtu.be/2CcKzQ9aEdM
スーパードンキーコング2とは
『スーパードンキーコング2』は1995年にレア社が開発し、任天堂が発売したスーパーファミコン用の横スクロールアクションゲームです。前作同様、ローリングによる移動距離を伸ばすための最適化が常に問われることに加えて、チームアップを絡めた華麗な2段ジャンプを使って縦横無尽にステージを飛び回る場面が多いのが、競技としての特徴です。
本作のRTAには、4つのカテゴリがあります。表のラスボスである『キャプテンクルール』の最速撃破を目指す『Any%』、最大クリア率とDKコイン全回収を目指す『102%』、本記事で紹介する『Warpless』、裏のラスボスを最速で倒す『True Ending』の4つです。
『Warpless』の魅力
『Warpless』とは、「ワープ」を使わずにラスボスの『キャプテンクルール』を倒すまでの時間を競うカテゴリです。「ワープ」に該当するのは、ワープバレルやボーナスの利用、『無の取得』によるステージ離脱等です。「これらを縛ると見所の少ない地味なゲームになってしまうのでは?」と思われるかもしれませんが、全くそんなことはありません。
本カテゴリでは、2019年に2つの大技が発見されています。そのうちの1つは、マグマの海をランビで駆け抜ける『真・ぺガサイルート』です。
この技はアニマル禁止サインを移植することによってサイの『ランビ』を2-4『ねっききゅうライド』の最後まで連れて行くものです。『無の取得』を使って看板を移動させる行為は禁止されていないので、本カテゴリではこれを利用して約30秒短縮することができます(詳細は以下の記事でも紹介しています)。
そして本記事でこれから紹介する2つ目の大技が、6-3『クラッシュエレベーター』を猿力で踏破する荒業『サルクライマー』ルートです。『クラッシュエレベーター』は、本来はエレベーターに乗って長い塔をゆっくりと登っていく強制スクロールステージです。しかし、以下の動画のように空中チームアップジャンプを駆使して登り切ることで、1分以上の大幅短縮が可能になります。
この動画の中で繰り返し使われている空中ジャンプが『サルクライマー』と呼ばれる初期版限定の技です。相方が空中で合体した瞬間ぴったりにジャンプすると発生する1フレーム技であり、約1/60秒という精度の入力が必要となります。『クラッシュエレベーター』は非常に縦に長いステージであり、『サルクライマー』だけで攻略するには50回以上もの1フレーム技が必要です。当然、人力で登り切ることなど不可能だろうと考えられていました。
では、この人間離れしたルートはどうやってRTAに組み込まれたのでしょうか。それを紐解くには、このゲームにおけるあらゆるジャンプの仕様に裏で関わっている「9分周期」というものに触れる必要があります。
ゲーム内部に隠れた「9分周期」の謎
本節の内容は専門的なため、読み飛ばしていただいても構いません。
本作では、ジャンプ可能な状態でBボタンを入力することによってジャンプアクションが発動します。まずは「ジャンプ可能な状態」がどのように定義されているのかを詳しく見ていきます(分かりやすさを優先するために厳密性を犠牲にしている部分もあります)。
ゲーム内部では、ジャンプ可能かどうかの判定に、ゲーム起動からの経過時間を表す『フレームカウンタ』が用いられています。具体的には、以下の不等式が満たされることが、本ゲームでジャンプが発動するための条件となっています。
(現在のフレームカウンタの値) – (最後にB入力を開始したときのフレームカウンタの値) < 16
フレームカウンタの値は「16ビットの符号付2進数」という型で管理されています。用語の説明は割愛しますが、ここで重要なのは「フレームカウンタの値は2の15乗フレーム毎に正負が入れ替わる」ということです。2の15乗フレームは換算すると約9分であり、これが先に述べた「9分周期」の正体です。
さて、式中に登場する (最後にB入力を開始したときのフレームカウンタの値)の項は、ステージ開始直後などのタイミングでは初期化され0という値をとっています。そしてこの値は、「ポーズ中やチームアップ時の硬直中にBを入力しても上書きされない」という性質を持っています。この仕様をフル活用して、この値を0に保ちながらプレイすると、何が起きるでしょうか?
その答えは「ジャンプ可能判定を自動的に満たした状態が9分おきにやってくる」というものです。フレームカウンタの値が負になっている9分の間は、上の不等式が常に満たされることになるからです。そして、この判定が満たされている限り、本来1フレーム技である『サルクライマー』は、Bボタンを押しっぱなしにするだけで誰でも簡単に発動できる技へと変貌します。
「9分周期」の発見から実用化に至るまで
前節の内容を一言でまとめると、1フレーム技の『サルクライマー』は9分おきに簡単に出せるようになるというものでした。これらの一連の知見は、2018年5月に多くの日本人走者が協力して蓄えたものです。しかし、仕様の解明に費やされた膨大な労力とは裏腹に、すぐにRTAルートに反映されたのは、102%における4-4『コースターレース』開幕の0.5秒更新案のみでした。
理由は単純で、「サルクライマーによる短縮ポイントのほとんどが、9分周期のタイミングと合わなかった」からです。「9分周期」の恩恵を受けられるタイミングはゲーム起動後からおよそ9~18分後といった特定の時間帯に限られるのですが、不運にもその時間帯にぴったり重なる更新案が1つしかなかったのです。
そこで筆者が注目したのが、4-4『コースターレース』開幕にある加速バレルでした。
上のバレルを「コースターに乗っていない状態で」割ると、何故かフレームカウンタが特定の値に上書きされ、それ以降のステージでの周期をいじることができるのです。
この一見無意味な謎の儀式を行うと、6-3『クラッシュエレベーター』が「9分周期」とぴったり重なることが実際のランの中で確認されたのは、2019年10月、元々の発見から約1年半後のことでした。
『クラッシュエレベーター』をサルだけで登る『サルクライマー』ルート
『クラッシュエレベーター』で「9分周期」の恩恵を得られることが発覚したその日から、『サルクライマー』ルートの開拓が始まりました。『クラッシュエレベーター』終盤には多くのジンガーが配置されているため、はじめは人力での登頂は困難と見られていました。特に下の画像が示すジンガー地帯は、シビアな座標調整が必要となることから、安定して突破するのが最も難しいポイントです。
それでもKyoro-TM氏をはじめとする複数の日本人走者の研究の末、2019年10月のうちには初の完全人力登頂が達成されました。その後は更なる改良を経て、2020年4月に現行のルートが完成し、冒頭に紹介した記録の達成へと繋がりました。
次の動画では、旧ルートで4分40秒かかっていた『クラッシュエレベーター』を3分15秒で登り切っています。
4-4でのセットアップに要する時間や使用するバージョンの関係で、他のステージでは旧ルートより遅くなってしまうものの、全体で1分以上の短縮が得られる超高難易度ルートです。
現在の世界記録
本カテゴリにおける世界記録は、本稿執筆時点で、とんこつ(筆者)による49分52秒となっています。
本カテゴリの世界記録には、2017年12月にV0oid氏が記録した初の50分台となる50分54秒というタイムが長く君臨していました。これは本記事で紹介してきた2つの大技が発見される前の記録であり、当時のルートはAGDQ2018でも披露されています。
その後は『真・ぺガサイルート』の発見によって世界記録が再び動き出し、2019年10月に50分08秒というタイムをV0oid氏が樹立しました。この時期のルートに関しては、筆者が名古屋RTAオフ for 乱NeFにて披露しています。
そして2020年4月、初の50分切りとなる49分52秒という記録が生まれました。新ルートの短縮幅を考えると、まだまだ更新の余地は残されています。一方で、タイマースタートから38分経過した時点から約3分以上にわたって精密な操作が要求されるという『サルクライマー』ルートの性質上、現行ルートで記録を詰めること自体、極めて困難でもあります。
本記事でご紹介したルートを使ってWarplessを完走しているのは、本稿執筆時点で未だに筆者1人のみです。この記事の読者の方が1人でもこのルートにご興味を持ち、Warplessというカテゴリの将来の発展に繋がるようなことがあれば幸いです。
(キャプションの無いゲーム画像はすべて [WR] Donkey Kong Country 2 Warpless 49:52 より引用しました。)
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