はじめに
2020年9月21日、『PS版DQ7』の「カジノ技非使用」カテゴリの世界記録が更新された。走者はみるきぃ氏、記録は12:38:48だ。前世界記録であるけった氏の12:49:48から約2年4ヶ月ぶり、11分もの大幅更新である。動画はこちら。
6年前に筆者によって初13時間切りが達成されてからというもの、世界記録の更新は最大でも3分程度という小刻みなものが続いていた。しかし今回は11分というかつてない大幅更新。この記事では、このみるきぃ氏の大幅更新がいかにしてなされたかを紹介する。
『PS版DQ7』の「カジノ技非使用」カテゴリの概要について、筆者は既に【PS&Switch版 ドラクエRTAリレー対決向け】PS版DQ7RTAの紹介という記事で紹介している。先にそちらを読まれた方がこの記事を理解しやすいと思われるが、かなり長いので要注意だ。また、みるきぃ氏は自身の手で既にプレイレポートを仕上げており、その中でプレイ内容を細かく振り返ってくれている。『PS版DQ7』のRTAを既によくご存知の方にはこちらをお勧めしたい。
11分もの大幅更新の要因
以下に主な要因を挙げるが、みるきぃ氏は2020年8月に発見されたばかりのあたまろスペシャルも更新ポイントのひとつに挙げている。
刃のブーメラン2本購入とみかわしの服購入の両立
『PS版DQ7』のRTA屈指の強敵である過去ダーマのイノゴン戦における装備配分は、戦略がかなり詰められた現在でも走者によって違いの大きい面白い部分だ。これに関してみるきぃ氏は、マリベルやガボに装備するキトンシールド(310G)・アントリア戦で使うまだらくも糸(9個で315G)の購入を完全にカットすることにより、記録狙い戦略の主流である刃のブーメラン2本に加えて守備力28とみかわし率1/6の効果を持つみかわしの服を購入している。タイム短縮というよりは安定に寄与している要素だが、彼の戦略の特徴のひとつだ。
筆者の作ったイノゴンシミュレータによるシミュレーション結果によれば、みかわしの服などで先頭のマリベルを徹底的に固めるみるきぃ氏の装備配分の勝率は約76%。12時間50分前後の記録であるけった氏(約72%)や奴隷先輩氏(約65%)を上回っている。このイノゴン戦の勝率と引き換えに、従来まだらくも糸を使って足止めしていたアントリア戦では勝率が落ちるかも知れないとのことだ。しかしみかわしの服は、難所である闘技場6連戦その他でも効果を発揮してくれているだろう。
鉄の斧ドロップ
『PS版DQ7』のRTA中のレアドロップアイテムで特に有用なものに鉄の斧がある。これは過去フォーリッシュで出現する通常からくり兵が1/128の確率で落とす武器だ。RTAのこの時点での最強の武器である鉄の槍の攻撃力は23だが、鉄の斧はそれを大きく上回る攻撃力38を誇り、しかもこの時点のマリベル以外全員が装備できる。なおかつ売却すると2,000Gという大金が手に入るという、殴ってよし売ってよしの素晴らしいレアドロップアイテムなのだ。
現在の記録狙い戦略では道中エンカの通常からくり兵とは戦わないため、ドロップチャンスは2回の固定戦闘だけ。過去フォロッド城の通常からくり兵*2戦とデスマシーン戦直前のマシンマスター戦だ。今回のみるきぃ氏は後者の戦闘で鉄の斧を拾い、直後のデスマシーン戦では、鉄の斧がない場合どれだけ速くても2分切る程度のところ、よく通るルカニと鉄の斧の高火力のお陰で1分12秒という超短時間で撃破している。
(今回の記録の動画より、鉄の斧ドロップからデスマシーン撃破まで)
その後のボス戦でも鉄の斧は高火力を発揮し続け、更にみるきぃ氏は過去ダーマの闘技場6連戦において、お供を処理するまでは全体攻撃できる刃のブーメランで、処理してボスだけになったら鉄の斧に持ち替えて戦うというテクニカルな使い方も見せてくれた。
実はRTA中に鉄の斧を拾った走者は何名もいるのだが、鉄の斧を拾いつつ世界記録を達成した走者としては、2013年6月に13:10:56を叩き出したいちご氏以来の2人目となる。ちなみに、いちご氏の場合鉄の斧は過去グリンフレークで早々と売り払っている。
DISC 2区間の速さ
今回の記録のオルゴ1撃破~THE END区間タイムは2:26:48。これは恐ろしく速いタイムである。12時間50分前後の記録であるけった氏の12:49:48・奴隷先輩氏の12:50:02・あたまろ氏の12:53:04の同区間と比較すると4~7分も速い。これには二つの要因がある。
ひとつはフエーゴの兜を回収していないこと。フエーゴの兜は伝説の装備のひとつで、メタルキングヘルムに次ぐ53の守備力と眠り・即死・呪文封じ・混乱確率を1/8にする効果を持つ。ラストダンジョンの内部にある業火の洞窟の宝箱として存在し、回収には約2分掛かる。強敵オルゴ2-3の混乱打撃対策かつ先頭キャラの守備力を上げるためフエーゴの兜を回収するのがRTAでは一般的で、前述の3名は全員回収していたが、みるきぃ氏の記録狙い戦略では確定でカットしている。ラスボス戦でリスクを負う代わり、確実に約2分の短縮を得るわけだ。
もうひとつは、最後のレベリングであるメタルキング2匹狩りがラストダンジョンの卵4個割りだけで済んだこと。メタルキングに変化するメタルスライムSが卵から出現する確率は1/6で、しかも逃げられる可能性もあるためお目見えしても確実に狩れるわけではない。今回の卵4個2匹狩りはなんと上位約8%の運にあたる。
おまけに、今回の記録ではメタルキング狩り終了後、更に道中で野生のメタルキングを1匹撃破している。これのメリットは全員のLvUPによるラスボス戦の時間短縮と勝率アップ。残念ながら時短効果の方は恐らくメタキンとの戦闘時間&LvUP時間で相殺されているが、勝率アップはきっと心強かったことだろう。この”追いメタキン”、みるきぃ氏は記録への追い風のように感じていたかも知れない。
十字キーぐりぐり
2020年5月頃にみるきぃ氏が再発見した短縮テクニック。連射コントローラの自動連射を入れながら同時に十字キーをぐりぐりすることによってメッセージ送りが速くなるというものだ。会話だけに限れば連射速度を12連から20連に切り替えると速くなることが2011年から知られていたが、この十字キーぐりぐりは会話と戦闘両方で使えるのだ。
会話中(長いので最後の方へシークするのを推奨):
戦闘中:
というわけで雑で申し訳ないですが、十字キーおよびスティックを入れることでベホマラーの速さがどれくらい変わるかを比較した検証動画です。
十字とスティックは誤差の範囲かと pic.twitter.com/70F31Z37Gn— みるきぃ (@gagaotarin) May 3, 2020
特に戦闘中のベホマラーでの効果が顕著に見える。エフェクトの短いベホマラーにとって12連の連射速度は遅すぎるのだろう。
なぜこうなるのか。『PS版DQ7』はR1・R2・START・SELECT以外全てのボタンがメッセージ送り判定を持ち、十字キーの上下左右ですらメッセージを送れる。加えて、これらの判定は全て独立しているため(例えば△ボタンを長押ししながら○ボタンを押してもメッセージを送れる)、自動連射中に十字キーをぐりぐりすれば判定の回数が増えはすれど減ることはなく、その結果メッセージ送りが速くなるのだ。
例えば、△ボタンに12連の自動連射を入れつつ秒間15回の十字キーぐりぐりを行った場合のメッセージ送り判定を60fpsのフレームテーブルで表すと、以下のようになる。
1 10 20 30 40 50 60 (f) o o o o o o o o o o o o # △自動連射(12回/s) o o o o o o o o o o o o o o o # 十字ぐり(15回/s) o oo o o o oo o oo o o o oo o oo o o o oo # 併用(24回/s)
このテーブルでは判定回数が秒間24回に増えている。ただし自動連射の入力は周期が一定しているのに対し、手動で行う十字キーぐりぐりの入力は一定でないため、このテーブル通りの判定になるわけではない。とはいえ、だいたいこんな風にメッセージ送り判定が増えるものと思ってほしい。
ちなみにメッセージ送りを加速できるのは何も十字キーだけではない。△ボタンに自動連射を入れながら×ボタンを手動連打してもメッセージ送りは速まるし、押すボタンが逆でもまた然り。しかし上下左右で判定が独立している十字キーをぐりぐりすれば判定回数を容易に増やせるため、十字キーをぐりぐりするのだ。十字キーの代わりに左スティックをぐるぐるしてもよい。
『PS版DQ7』のRTAは13時間程度掛かるため、微々たる短縮のテクニックでも全体を通して使えるものであれば積み重ねによるタイムへの影響がバカにならない。短縮時間の定量評価は困難だが、みるきぃ氏のプレイレポートによればすべてやるのとやらないのとでは5m以上差が出るのではと思っている
とのことだ。
今回のプレイは終始マイクなしだったため十字キーの音は確認できないが、一週間後にマイクつきでみるきぃ氏の走った12:41:08の動画では、メッセージ送り中のカチャカチャという音が小さくしかしはっきりと聞こえる。……全体を通して使えるテクニックといえば、画面に対して横に歩くよりも縦に歩いた方が約4/3倍速く歩ける「縦移動」という前例があり、こちらの方はもはや当たり前のテクニックになって久しい。いかにも指とコントローラに負担が掛かりそうな十字キーぐりぐりも、やるのが当然になってしまうのだろうか?……なるんだろうなあ。
短縮の余地は?
11分という大幅更新を成し遂げた今回の記録だが、大きなタイムロスがなかったわけではない。
難所の一つである過去ダーマ闘技場6連戦直前のアイテム管理において、みるきぃ氏は重要な回復アイテムである奇跡の石の受け渡しを忘れるという痛恨のミスを犯している。この影響によって、世界樹の葉を1枚失った上に闘技場6連戦の5戦目であるドンホセ戦で全滅を喫してしまった。このタイムロスはなんと10分。もちろん今回最大のロスだ。
そうして出たアントリア撃破タイムは4:22:03。アントリア撃破はRTAにおける大きな区切りであり、4:22:03というタイムは世界記録を狙う上で明らかに遅い。リアルタイムで視聴していた筆者はプレイ続行という選択に驚いたものだ。そこから12時間40分切りが生まれるとは……。
また、山賊軍団戦で1回全滅したことで約1分10秒、過去プロビナ道中で全滅したことで約1分のロスが生じている。どちらも全滅しやすい箇所ではあるが、後者はみるきぃ氏曰くガボじゃなくて主人公を回復しとけば2T持ったことを考えると人災
とのことだ。
最後に、恐ろしく速いと前述したDISC 2区間の中で、実はみるきぃ氏は風の迷宮という3Dダンジョンで迷子に陥りリレミトで一旦脱出したことで1分ロスしている。大いに悔いが残るところだろう。
これらのロスを考慮すると鉄の斧ドロップがなくとも12時間30分切りは夢ではないと思う方もいるかも知れないが、そこは長時間RTA。なかなか楽に繋げさせてくれるものではない。とりわけ12時間走った後に強いられるメタルキング狩りとラスボス戦という二つの運ゲー、これらで玉砕した走者は数知れない(後者は実力ゲーでもあるが)。何を隠そうこの走りのちょうど前日に(!)みるきぃ氏は今回の記録より速いペースで(!!)ラスボスに挑んだものの第3形態で散っている。その翌日に再び世界記録に挑戦する彼の体力と精神力こそ、記録更新最大の要因なのかも知れない。
みるきぃ氏に話をお伺いした
※太字強調は筆者による。
- 滅多にお目に掛かれない鉄の斧を使用した感触はいかがでしたか?
- 記録の前後を合わせてもう3回見てます(筆者注: 1回目・2回目(今回の記録)・3回目)が、毎回めちゃくちゃ驚いてます。練習で拾ったことはないです。
記録の時は前日の走りから連続のドロップだったので「こんなん有り得んやろ」と思いながらも、前日の経験を活かして上手く分岐できたかなと思います。
普段なかなかお目にかかれないエフェクトやSEを何回も聞けるのが新鮮なのと、会心を出したときに70とか80ダメージとか出るのがめちゃくちゃ強くて楽しいですね。 - みるきぃさんは記録狙いを再開してから日数でいうと4日、試行回数たった9回で最速記録を更新されました。また、かつて2017年に最速記録を出された時もたった4日しか掛かっておらず、13時間のRTAにも関わらずPS版DQ7では短期間で結果を残す印象が強いです。これについて、ご自分ではどう思われますか?
- 13時間かかる以上どうしても試行回数を稼ぐのが難しく、長期間モチベを保って全区間練習し続けるのはかなり大変なので10回くらいというのはそういう意味では想定通りでした。40分切りできるとは思っていませんでしたが。
練習は結構やっていて、2017年も13時間を切れる見込みが立つまではずっと裏でやっていた記憶があります。今考えるとまだまだ甘かったと思いますが…。 - 短期間で記録を出すコツ的なものはありますか?
- 別に「短期間で記録出してやろう」って思ってやってるわけではないので、特にないですね。
今回はチャートを抜本的に記録狙い向きに改変したおかげで、通れば記録出るだろうということが分かっていたので、あとはそれがいつ来るかでした。それが運よく早く来たというだけですかね。逆に言えば、通れば記録が出るという段階までしっかり仕上げることが記録への近道かもしれません。 - ぶっちゃけ世界一位の座はどれくらい保つと思いますか?
- 前回は1年くらい持ったので、今回もそれくらいは持つんじゃないでしょうか。とはいえDQ7はいきなり更新ブームが来て一気に更新されることがあるので全然読めないですね。現状だと更新できる実力もモチベもありそうな人は私の知る限り一人しかいないですし、彼次第かもしれません。
- 他のPS版DQ7RTA走者に何か伝えたいことがあればどうぞ!
- 【最近練習されている方や、今後やろうと思っている方へ】長くて覚えることが多いとは思いますが、私が教えられることがあればなんでも答えますので色々聞いてください!
- 【走者の方へ】Speedrun.comに記録申請しようよ!
- PS版DQ7カジノ技非使用12:40切り時代の幕を開いたみるきぃさんのことを今後「ゴール・D・みるきぃ」とお呼びしても構いませんか?
- 恥ずかしいんでやめてください!大DQ7RTA時代が来るといいですね
おわりに
というわけで残念ながらゴール・D・みるきぃ呼びは拒否されてしまったが、みるきぃ氏も大DQ7RTA時代の到来を期待しているようだ。彼自身、世界記録更新後に一発勝負用戦略でアントリア撃破4:17という好タイムを2回連続で叩き出しており、鈍感な筆者も時代の移り変わりを感じ取らざるを得ない。
はてさて、次に世界記録を更新するのはみるきぃ氏の指す人物なのだろうか? それともそれ以外の人物だろうか? もしかすると、何でも答えてくれるという彼に教えを請う新人が将来そうなってくれるのかも知れない。
参考リンク
※注釈のない画像は全てみるきぃ氏の配信録画から引用させていただき、記事のチェックもしていただいた。
主に長時間RPGや東方STGを走ったり調べたりする。
アスカ見参は元動画勢。
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